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最高裁判所第二小法廷 昭和24年(れ)1036号 判決 1949年12月28日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人橘川光子の上告趣意第一点について。

記録を査閲するに、所論の柏ちやについては第一審公判廷において弁護人から証人として尋問の請求があって、同裁判所は右申請を許容しその第二回公判において同人を証人として尋問し、もって被告人に対して反対尋問の機会を與えていることが認められる。しからば原審において右柏ちやにつき、弁護人から証人尋問の請求があったに対し、原審はこれを採用せず、もって原審は同人を尋問する機会を被告人に與えずに、檢事の同人に対する聽取書を証拠として採用しても、原判決が刑訴應急措置法第一二條第一項に違反するものとはいえないのである(同旨昭和二四年(れ)第一三五八号同年八月二日第三小法廷判決参照)。論旨は理由がない。

同第二点について。

しかし、記録を閲するに、原審公判廷において、被告人は判示の日時柏ちや方居宅の同女の寢室に同女の許諾を受けずに立ち入った旨の供述をしていることは明らかである。(記録一二六丁以下、尚原審第三回公判廷において更新された第一回公判廷の供述記録九四丁九七丁参照)。しからば論旨は被告人の原審公判廷における供述を殊更ら曲解し、且つ原審の認定しなかった事実に基いて原判決を攻撃するものであって、採用の限りでない。

よって、刑訴施行法第二條旧刑訴法第四四六條により主文のとおり判決する。

右は上告趣意第一点に対する裁判官栗山茂の少数意見を除き、その余は全裁判官の一致した意見である。

裁判官栗山茂の第一点に対する少数意見は次のとおりである。

憲法第三七條第二項の刑事被告人の権利は、第三者の供述録取書を被告人と右第三者とを対質もさせることもなく即ち被告人に審問の機会を與えることなくして、單に被告人に読聞けただけで断罪した専制政治の裁判に対する保障であることは言うまでもない。この憲法上の保障がある以上は、被告人又はその弁護人の面前でされる証人の供述でなければ証拠能力が認められないものであるが、例外として、さきに被告人に審問の機会を與えたことがある第三者の供述録取書はその第三者が国外に去ったり、死亡したり又は瀕死の状態にある等のため新らたに被告人に審問の機会を與えることができない事由を疎明しうる場合か又はその第三者を喚問できるけれども被告人側が反対審問の権利を抛棄してその請求をしない場合には証拠能力が認められるのである。このことは普通法の規則であり、我が憲法が英米法と同様に第三七條第二項の保障がある以上訴訟法上の解釈は判例によって確定せらるべきものである。

右と同一の趣旨はさきに昭和二三年(れ)第一六七号同年七月一九日大法廷判決において、私は少数意見として掲げておいたのである。不幸にして我下級裁判所は憲法第三七條第二項の人権の保障を無視して、刑訴應急措置法第一二條第一項を皮相な文理解釈をして來たのであるが、右は最高裁判所大法廷の多数意見の是認するところとなったのである。一口で言えば憲法第三七條第二項があるにもかかわらず我裁判所は「アフイデヴイット」(宣誓口供書)と「デイポジション」(相手方に審問の機会を與えた第三者の供述録取書である)とを混同して第三者の「アフイデヴイット」にも被告人の「アフイデヴイット」と同様に証拠能力があるものと誤解し、証拠能力がない第三者の「アフイデヴイット」を証拠調をして、その機会に被告人から審問の請求がなければ、審問の機会を與えたものとして証拠にとれるとするに至ったのである。刑訴應急措置法第一二條第二項が刑訴第三四三條は之を適用しないとしたのは、憲法第三八條の保障があるため、場合によっては被告人に対する司法警察官や檢察官の聽取書でも証拠能力の認められると同時に、憲法第三七條第二項の保障のために証人その他の第三者が此等の官憲にした供述録取書即ち「アフイデヴイット」は証拠能力が認められないからである。それにもかかわらず旧刑訴第三四三條を適用しないとの規定を曲解して憲法第三七條第二項の保障を無視するに至ったのである。

本件について見るに、所謂柏ちやについては第一審公判廷において弁護人から証人として審問の請求があり、同裁判所は右申請を許してその第二回公判において同人を証人として審問したのである。然るに原審においては右柏ちやにつき弁護人から証人として審問の請求があったにもかかわらず之を却下して檢事の同人に対する聽取書を証拠として採用して断罪の有力な資料としたのである。旧刑訴の下では第二審は第一審の続審ではなく覆審である。記録上柏ちやが証人として出頭しえない例外的な理由がないにもかかわらず、さきに被告人に審問の機会を與えた第一審第二回公判における右柏ちやの証言の記録を証拠として採用しないばかりでなく、何等審問の機会を與えたことのない檢事の同人に対する聽取書即ち同人の「アフイデヴイット」を証拠として断罪の資料に供するに至っては明に憲法第三七條第二項に違反するものであって、原判決は破棄を免れないものである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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